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MAIL MAGAZINE vol.99 Katsuma Kineya(エディター)
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Kabuki

市川團十郎家の見どころと見せどころ(四)

劇聖にして新時代歌舞伎の礎を築いた九世
 活歴(かつれき)、天覧劇、新歌舞伎十八番、肚芸(はらげい)……。劇聖とうたわれた九世が、明治維新以降のいわば歌舞伎新時代に遺した功績は数知れません。
 九世は七世の五男として天保九(一八三六)年に生まれました。生後七日目で河原崎座座元、河原崎権之助の養子となり、幼少期は遊ぶ暇のないほど習い事に明け暮れたといいます。しかし幕末に河原崎座は火災で焼失、明治元年には、養父を強盗に殺害されます。遺志を継ぐべく翌年権之助を襲名して四年後義弟に譲ると、自分は河原崎三升(かわらざきさんしょう)に。三升は團十郎家代々の俳名です。やがて河原崎座を再興。養家に礼を尽くし、九代目市川團十郎を襲名したのは明治七(一八七四)年のこと。三十七歳でした。
 襲名の年、請われて新富座の座頭となった九世は、近代歌舞伎の旗振り役の一人として“演劇改良運動”に身を投じます。伊藤博文や福地桜痴など政財界や学界の錚々たる面々のバックアップで、それまでの荒唐無稽な時代物ではなく、歴史を写実的に表現した「活歴物」を推進。しかし高尚になるほど大衆の心は離れていきました。古典歌舞伎にも力を注ぐようになったのは六十歳の頃。人物を顔や目の静的な動きで表現する、一種リアリズム的な「肚芸」など、それまでに培った至高の芸で、大衆の観客をも虜にしました。惜しまれつつもこの世を去ったのは、明治三十六(一九〇三)年。
黒衣に徹した十世、戦後歌舞伎の立役者十一世
 九世他界後、市川團十郎の名跡は五十九年間空席となります。没後に十一世から名跡を追贈された十世は、存命中、五代目市川三升を名乗っていました。九世の長女実子の婿で元銀行員、役者になったのは、九世が亡くなって七年後の明治四十三(一九一〇)年のこと。役者としては大成しませんでしたが、市川宗家を守ることに力を尽くしました。埋もれていた歌舞伎十八番の数々を復活上演し、市川家の由来を物語る資料、史料を入手。持てる知性教養を活かし、別の形で家に貢献したのです。
 十一代目團十郎は、明治四十二(一九〇九)年に松本幸四郎家長男として生まれています。昭和十四(一九三九)年に十世の養子となり、その翌年、三十二歳で九代目市川海老蔵を襲名。間もなく日本は太平洋戦争へ突入、十一世にも召集令状が来ますが、チフスで免れています。戦後は「海老さま」ブームが沸き起こるほどの人気でしたが、十一代目團十郎を継いだのは、三升没後六年も経った昭和三十七(一九六二)年、五十三歳のときでした。そして三年半後に急逝。このとき、いずれ十二代目となる長男新之介は、まだ十九歳です。十一世はどことなく陰のある魅力的な容姿で、凄みもある芸域の広い役者でした。海老蔵・團十郎時代を通し、色悪や敵役もこなし、大佛次郎作『若き日の信長』などの新作狂言でも活躍。戦後歌舞伎のまさに立役者の一人でした。
世界に羽ばたいた努力の人、十二世
 十二代目市川團十郎襲名は、昭和六十(一九八五)年のこと。二十年ぶりの大名跡復活で、襲名披露公演には、当時の皇太子ご夫妻、首相夫妻、政財界トップから文化人まで、あらゆる人々が訪れました。しかも公演は国内に留まらず、アメリカでも行われ、これを期に、十二世は世界各地で公演、日本の伝統文化を海外に伝える役割を担うことになります。圧倒的な人気を誇る役者でしたが、まだ修行中のころに後ろ楯となってくれるはずだった父を亡くしていたため、人気の陰で、コツコツと努力を重ね続けました。幼い頃に受けたアデノイドの手術の影響で、口跡に難があるといわれていましたが、それも義太夫の稽古などで克服。左利きも習字にひたむきに取り組み右利きに。やがて努力が実を結び、恵まれた容姿に実力が備わり、さまざまな役柄をこなす重鎮として歌舞伎界を支えます。その大らかで実直、善良な人柄でも、数多の人を魅了しました。
 十二世がこの世を去り、再び市川團十郎の名跡は空席となりました。いずれこの大名跡が継がれるとき、どんな團十郎が生まれるのか。いまから楽しみです。
(参考資料:『市川團十郎・代々』講談社、『團十郎と海老蔵──歌舞伎界随一の大名跡はこうして継承されてきた』学研出版、『歌舞伎 家と血と藝』講談社、『悲劇の名門 團十郎十二代』文藝春秋、『十一代目團十郎と六代目歌右衛門 悲劇の「神」と孤高の「女帝」』幻冬舎、『新版 歌舞伎事典』平凡社、『かぶき手帖2017年版』日本俳優協会・松竹・伝統歌舞伎保存会)
<成田屋の公演情報> 成田屋公式サイト http://www.naritaya.jp
<歌舞伎に関するサイト> 歌舞伎美人 http://www.kabuki-bito.jp
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