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LECTURE184  2017 December

【第94回レギュラーセミナー】
キャリアアップのための「マインドフルネス」トレーニング

「この瞬間」に意識を向け 数々のタスクを解決に導く

セミナー写真

 マインドフルネスとは、集中力を高めて最大限のパフォーマンスを発揮するための一つの技法です。今回の丸の内キャリア塾では、レジリエ研究所 所長、ピースマインド・イープの市川佳居さんが、すきま時間で実践できるマインドフルネス技法を紹介しました。

大手企業も続々と 取り入れる訓練法


 マインドフルネスはもともと「サティ」という仏教用語で、「いま目の前にある現実に注意を払って集中する」という意味です。そのエッセンスをマサチューセッツ大学医学部のジョン・カバット・ジン博士が取り入れ、「マインドフルネスストレス低減法」として確立しました。がん患者の痛みの緩和などに効果があるとして、現在では全米の8割の医学部付属病院で展開されています。その後、認知療法の専門家が「マインドフルネス認知療法」を確立して、不安障害やうつ、摂食障害など、メンタルの治療にも用いられるようになりました。

 ある臨床試験では、マインドフルネスを行う前後の脳の変化を見ると、マインドフルネスの後は前頭葉や海馬が活発になり、判断力や記憶力が上昇していることが分かりました。2000年前後からは米グーグル社など、世界の大手企業も社員教育やリーダーシップ研修に取り入れています。

 親指を中に入れて、グーの形を作ってみてください。グー全体が脳だとすると、情動をつかさどる扁桃体(へんとうたい)は親指の爪の部分にあたり、記憶力をつかさどる海馬は親指の指先の部分にあたります。外側の4本の指は前頭葉で、情動をコントロールする役割を果たします。マインドフルネスを実践すると、ネガティブな気持ちになったり嫌な経験をしたりした直後にも扁桃体が反応せず、情動が抑制されて冷静な判断ができるようになることが研究によって分かりました。さらに海馬が厚くなり、前頭葉の機能も向上することが実証されています。  女性は仕事や家事、育児、介護、趣味など、毎日を様々なタスクの中で生きています。これらのマルチタスクをどれだけうまく行えるかが、女性がキャリアを築く上では非常に重要です。マインドフルネスは仕事においても、またプライベートの様々な事柄においても、集中してタスクをこなすための大事なツールになるはずです。

集中瞑想と観察瞑想で マインドフルネス実践


 ジョン・カバット・ジン博士は、マインドフルネスを「意図的に、いまこの瞬間に価値判断することなく注意を向けること」と定義しました。雑念を振り払い、自分の呼吸と体だけを考えながら瞑想(めいそう)して心身をリラックスさせ、目の前のタスクをきちんと感じ取り集中する――これらのことは「集中瞑想」と「観察瞑想」によって可能になります。

 では最初に、集中瞑想を実践してみましょう。まずは姿勢を正してください。立っていても座っていても大丈夫です。最初は目を閉じた方がやりやすいでしょう。次に背筋をグッと伸ばし、下腹に力を入れます。ヨガやピラティスのように呼吸をコントロールする必要はありません。自分がリラックスできる呼吸をしてみてください。呼吸中は身体のどこが膨らんだり縮んだりしているのかを意識しましょう。自分のペースで、呼吸をしておなかが膨らんだら「膨らみ、膨らみ…」、縮んだら「縮み、縮み…」と心の中で繰り返し、ひたすら呼吸に注意を向けてください。雑念が浮かびそうになったら「戻ります、戻ります…」と言い、再度呼吸に集中します。こうしているうちにリラックスして、体がいろいろなことを受け入れられる状態になります。

 次に、観察瞑想をしてみましょう。観察瞑想は「目の前の現実をきちんと感じ取る」ための技法であり、いわば聖徳太子のように周囲の様々な物事に注意を払いながら、その全てを同時に理解するイメージです。まずは意識を足の裏に向けてください。次に、紙に書き出した童謡の「チューリップ」の歌詞を心の中で読んでみましょう。いかがでしょうか。普段はメロディーが浮かんだり、チューリップのイメージが浮かんだりするものですが、この瞑想の時は何も浮かばなかった人が多いと思います。なぜなら、注意を足の裏に向けつつ、文章を読むという2つのことを行うと、頭の中で他のことを考えるキャパシティーがなくなるからです。  私たち人間は、「目の前に見える現実」と「頭の中で考える現実」という2つの世界で生きています。頭の中の現実を認知的フュージョンといいますが、観察瞑想をしている間は認知的フュージョンの領域に入らず、目の前の現実のみに注意が向いているのです。この瞑想を繰り返して訓練すると、考える必要のない雑念を考えずに済むようになります。そして慣れてくると、目の前の作業をしながら他の人の会話をしっかり聞いて理解するといったマルチタスクも可能になります。

R94資料

判断力や行動力が上昇 問題解決能力も醸成


 先ほどの観察瞑想では視覚を使いましたが、今度は音を使った聴覚的な観察瞑想をしてみましょう。少々疲れてしまうので、リラクゼーション法としては用いないでください。まず、一つの音刺激に6分間集中します。次に6分間、ピアノの音、波の音、電車の音、ウグイスの声、風鈴といった複数の音刺激に交互に集中します。そして最後に3分間、複数の音刺激に同時に集中します。  他にも触覚、味覚、嗅覚など、別の五感を同時に感じることでも観察瞑想が可能です。食事や料理、掃除、ウオーキング、ジョギング、自転車など、日常の何気ない行動に意識を向けて注意深く行うことで、マインドフルネスが1日中実践できるのです。

 脳には「デフォルトモードネットワーク(DMN)」という回路があり、これが活発化すると外部刺激に反応しないニュートラルな状態になります。この状態の時は様々なことがストンと脳に入ってきやすく、解答のない難しい課題を解いたりクリエーティブな作業に向いていたりすることが、最近の研究で解明されつつあります。マインドフルネスを実践するとこのDMNが最適な状態に保たれ、様々な人の考えや意見を取り入れやすくなります。

 そして、起こった出来事に対して衝動的あるいは感情的に反応するかわりに、ふさわしい行動であると自分で判断して行動できるようになります。そのため問題解決能力が高まり、職場でリーダーシップを取りやすくなり、仕事がスムーズに回るのです。

 考えなくてもいいことを考えてしまうのは、脳のキャパシティーの無駄遣いです。マインドフルネスを行うことで、そのキャパシティーをもっと役立つことに振り分けることができます。1日10分でもいいので、仕事の合間やすきま時間に取り組んでみてください。皆様がマインドフルネスを実践して、仕事と家庭やプライベートのマルチタスクを今後ますますうまくこなしていくことを願っています。


講師: 市川佳居(いちかわ・かおる)さん
レジリエ研究所 所長 ピースマインド・イープ

早稲田大学第一文学部卒業後、米メリーランド州立大学大学院に留学、米ソーシャルワーク資格を取得。帰国後、外資系企業でEAP(従業員支援プログラム)業務に携わる。2002年起業。杏林大学で医学博士取得。臨床心理士。