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LECTURE200 2019 June

丸の内キャリア塾とは、キャリアデザインを考える女性のための実践的学習講座です。毎回、キャリアやライフプランに必要な考え方と行動について多面的に特集しています。

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200th Special Thanks
働く女性のため様々なヒントをお伝えし続けてきた「丸の内キャリア塾」の広告特集記事が、今回で200回を迎えました。これからもより良い情報をお伝えしていきます。お楽しみに。

【インタビュー】

どのように働くか
自分の最適解考える

 多様な働き方で男女の別なく活躍できる社会へ向け、変革の動きが拡大している。家族社会学やジェンダー論に詳しい社会学者であり詩人でもある水無田気流さんに、2つの顔を持つに至ったきっかけや、研究テーマである多様な人材が士気高く働くために必要なこと、企業の課題などについて聞いた。

水無田さん1

詩人、社会学者
水無田 気流(みなした・きりう)さん

 1970年神奈川県相模原市生まれ。早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。詩人として「音速平和」で中原中也賞、「Z境」で晩翠賞を受賞。著書に「『居場所』のない男、『時間』がない女」「シングルマザーの貧困」「無頼化した女たち」など。現在、日本経済新聞朝刊でコラム「ダイバーシティ進化論」を連載中。

――社会学者と詩人。一見無関係に思える2つの仕事で活躍されていますね。それぞれ、いつごろからこの仕事をしたいと意識していたのですか。

水無田 実はどちらも、最初から目指してなったわけではないのです。小学生の頃の夢は、「ぼーっと生きて、本を読んで、ものを書いて、それで怒られない人になりたい」でした。というのも、活字中毒と言えるほど本を読むのが好きで、親から「本ばかり読んでいないで少しは勉強しなさい」と怒られ続けていたからです。
 毎日2冊ずつ学校の図書室で本を借りて、翌日返してまた借りて……。選ぶのがだんだん面倒になると、今月はこの棚の本を片っ端から全部制覇しようという感じで読んでいました。巡回図書館でも月間の上限12冊を借り、さらに好きな本は親にねだって買ってもらっていたので、おおむね月60~70冊くらい読んでいたでしょうか。
 文章を書くのも大好きで、5、6年生から友だちと同人誌に参加して詩や小説のまねごとのようなものを書いていました。
 こんな調子で、中学生までろくに勉強もせずに月に何十冊もの本を読みふけり、スーパーのチラシの裏に物差しで線を引いた原稿用紙で、行李(こうり)何杯分もの文章を書いていました。すべて怒られながらですが(笑い)。

――文学少女であると同時に、スポーツも真剣に取り組んでいたそうですね。

 水無田 はい。母の影響です。母は運動部に入りたかったのに「はしたないから」と許されなかった。その分、結婚してからは近所のママさんソフトボールチームの選手として活躍していました。娘の私もソフトボールの小学生チームに入れて、暇さえあれば一緒に練習をしていました。おかげで物事をスポーツにたとえてわかりやすく説明するのはうまくなりましたね。
けれども、読みかけの本を取り上げられるのが何よりつらくて。母がボールとバット、グローブを持ってこちらに来る気配がすると、押し入れに懐中電灯と本、ついでにおやつも確保して身を潜めて読んでいました。

「思い切り勉強しよう」
母の死で人生観変わる

――幼少からの本好きが根底にあったのですね。社会学の道に進んだきっかけは。

水無田 私はごく普通のサラリーマン家庭育ちで、学問への憧れこそあれ「大学卒業後は普通に就職する」しか当初は考えられませんでした。しかし母が事故で突然亡くなったことで、人間いずれ死ぬのだから後悔なく生きたいと思うようになりました。その時に母が残してくれたお金を、悔いのない人生を送るためにどう使えばいいだろう――。考え抜いた結果、思い切り勉強しようと決意し大学院に進学しました。
 私は社会生活が苦手でずっと居心地が悪かったので、社会について客観的、科学的に捉えて説明してくれる社会学を本格的に修めようと。社会的排除の問題やバイオポリティクスといわれる生権力の研究を通して、「社会的に普通」が形成される過程や、自分が感じる「生きづらさ」の正体を突き止めようとしたのかもしれません。
 社会学は人生の謎を解明してくれる魔法のように最初は思えましたが、大学院の博士課程の時に研究に行き詰まります。いくら客観的、科学的に検証してもなお残る余情、納得できない部分が、澱(おり)のように心に蓄積するようになったのです。
 このもやもやを言葉にしたい、なんとか文にして書いてみたいと思った時に出てきたのが詩の言葉でした。それを雑誌に投稿していたら毎回採用されるので面白くなって。ただひたすら書いているうちに、気がついたら詩人になっていたという感じです。

水無田さん2

離職理由はやりがいのなさ
女性への適正評価の重要性

 ――女性の社会的な評価の低さに社会学の視点から切り込んでいる水無田さんですが、企業の課題をどう捉えていますか。

 水無田 企業側としても女性に本気で働いてほしい。これは本音だろうと思います。ただ、多くの職場で「思い込み」による女性への不当に低い評価が残っています。
 米シカゴ大学の山口一男教授は、「今職場で起きているのは『予言の自己成就』である」と提言しています。予言の自己成就とは、本来根拠のない噂や思い込みを多くの人たちが信じることによって結果がそうなってしまう現象です。
 具体例として山口教授は、日本の多くの管理職は女性が男性より早く辞めるだろうと考えるので、女性に責任のある、重要な案件を任せず、適正な評価をしないことを挙げています。その結果、女性がやりがいや就業意欲をなくして離職するため、「ああ、やっぱり女の子は早く辞めたな」と結論づけるという、負のスパイラルになっているのです。
 実際に、高学歴女性に離職理由を聞いたある調査によると、仕事のやりがいのなさ、上司からの評価の低さなどの不満が6割以上で一番多い。育児のための辞職は3割です。女性活用の前提となる適正な評価の重要性に、もっと多くの管理職が気づいてほしいと痛切に思います。
 労働経済では、性別や年齢などによる統計的差別を行わない企業、その人個人の適性をきちんと評価する企業の方が結果的に業績も向上すると、統計で明らかになっています。ステレオタイプな基準に従って人事評価をする傾向が強い会社では、相対的に能力の高い女性は実力が生かせる企業にジョブホッピングしてしまうので、普通以下の能力の男性ばかりが残っていくことになりがちです。結果的にその会社の生産性は下がります。
 また、人が成果を出すためのマネジメントを会社としてきちんと考える必要があります。華やかな立場、部署ばかりに着目するのは賢明ではありません。例えば、売り上げに直結する花形の部署が成果を出すためには、環境を準備する、適材を配するなどのマネジメントやサポートの人たちの力が大切で、そのバックアップによって多様な人たちの協業が可能になります。しかし、そういった裏方の人たちの能力に対する評価はまだ低いと考えます。もっと公平に評価をするべきでしょう。

働き方は自分の意思で選択
単位時間当たりの成果出す

――いきいきと元気に働き続けるために、女性に必要なことは何でしょう。

 水無田 いまや「働く」か「働かない」かの二項対立ではなく、どのように働くかが女性のテーマになってきていると思います。ワークライフバランスの比重は個人個人で違うはず。何が自分にとっての最適解なのかを考えて働くことが重要です。
 むしろ、女性だから、男性だからこうしなくてはとあまり意識しなくてもよいのではないでしょうか。生き方は人それぞれが自分の意思で選択するものです。根本はまず自分が、あるいは結婚しているなら自分とパートナーがどのような生活観、労働観で生きていけば幸せなのかを一番に考えることが必要なのです。
 次々と仕事の成果を出していくのが一番幸せという人もいるでしょうし、プライベートを最重視したいという人もいるでしょう。
 ただ、全体的な社会の流れとしては、長時間だらだらと会社村の住人として働くことよりも、単位時間当たりの成果を出すことが求められてきています。そうした社会の変化を見つつ、自分にとってどのような働き方が向いているのかを考えるべきではないでしょうか。