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LECTURE197  2019 February 

女性の健康週間(2/2)
毎年3月1~8日は「女性の健康週間」。日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会は、この時期に「女性の生涯の健康」をサポートするための様々な取り組みを行っています。今回、丸の内キャリア塾はこの取り組みを応援する特集を4日間にわたり掲載しました。  

【3】プレコンセプションケアへの関心高め 母子の健康を守る

プレコンセプションケアとは、早い段階から妊娠・出産の知識を持ち、健康意識を高め、将来の人生設計を考えること。比較的新しい概念で日本ではまだあまりなじみがありませんが、世界的には取り組みが進んでいます。「女性の健康週間」を応援する本特集、3回目ではプレコンセプションケアについて、東京大学医学部附属病院女性診療科・産科准教授の平池修先生に伺いました。
平池先生
平池 修先生  東京大学医学部附属病院 女性診療科・産科 准教授

国や地域で異なる問題 日本では母体の低栄養が深刻

――プレコンセプションケアとは、どのようなものですか。
 平池 コンセプション(Concep tion)は妊娠、受胎という意味なので、プレコンセプションケアは妊娠前の身体のケアということになります。日本ではまだあまりなじみがない言葉ですが、米国疾病管理予防センター(CDC)や世界保健機関(WHO)が世界規模で提唱している国際的な概念です。非常に多くの要素を含みますが、大きく「医学的見地から行うべき点」「本人の行動方式から行わなければいけない点」「公衆衛生的に行わなければいけない点」の3つに分類することができます。
 国や地域によって直面している問題が異なり、たとえばアフリカではいまだに女性の割礼が行われていたり、栄養状態が悪い、衛生環境が悪くて感染症がまん延するといった問題が、出産に悪影響を及ぼしています。しかし発展途上国だけの話ではなく、女性の生活習慣病や喫煙、過剰なダイエットによる低栄養・鉄欠乏貧血等が赤ちゃんに悪影響を与えるといった、むしろ先進国の方が深刻な問題もあります。本来、適切に管理すれば済むようなことが適切に対処されていないということから、プレコンセプションケアが提唱されるようになりました。
――日本の場合、一番問題となるのはどんなことでしょうか。
 平池 女性の低栄養です。厚生労働省の調査によると、1980年をピークに新生児の平均体重はどんどん減少しており、2010年にはピーク時と比べて男女とも約250㌘減っています。1960年と比べても約100㌘減っています。原因として母体の低栄養、また喫煙やストレス等が指摘されています。発展途上国と違って、日本人女性の低栄養は本人の痩せ願望から来ていることが多いです。そして低体重で生まれた子供は、将来的に肥満、高血圧、糖尿病、神経関係疾患等を起こしやすくなるという研究が進んでいます。
 また一方では、過体重で出産する女性も多々見られます。本人の糖尿病や妊娠高血圧等のリスクが高まるだけでなく、やはり赤ちゃんにも悪影響を及ぼします。適切な栄養状態で妊娠・出産することが大切です。


妊娠適齢期の女性だけでなく すべての人が関心を

――出産前の女性が気を付けるべきことには、どのようなことがありますか。
 平池 適正体重を保つこと、そのためにバランスの良い食事、禁煙、適度な運動等、生活習慣に気を付けることが一番大切です。そのほか、たとえば妊娠中絶はその後の妊娠に悪影響を及ぼすので、妊娠を望まない時期には避妊をすること、また性感染症に気を付けることも大事です。妊娠時の風疹が問題になっていますが、ワクチンで防げる感染症は早めにワクチンをうっておく必要もあります。
 さらに甲状腺の機能低下は不妊や流産の原因になるので、甲状腺にも日ごろから注意すること、月経は健康のバロメーターなので、月経不順があれば軽視せずに婦人科を受診する、といったことも心がけましょう。WHOは15歳くらいからプレコンセプションケアを意識して、人生設計を考えるよう呼び掛けています。
――プレコンセプションケアは、男性にも関係するのでしょうか。
 平池 女性に限定された話ではないということも、重要なポイントの一つです。男性の肥満、喫煙、過度の飲酒は男性不妊の原因となり得ますし、性感染症にかかればパートナーにうつしてしまいます。女性の出産後も、男性が偏食だと家庭全体の栄養バランスが崩れてしまいかねないし、喫煙していたら副流煙が子供に悪影響を与えます。
 次の世代につながっていく話なので、性別も世代も関係なく、すべての人が母子の健康状態を最大限に良くするという視点を持つことが大切です。

【4】若い女性襲う子宮頸がんや乳がん 他人事ととらえないで

銘苅先生
銘苅 桂子先生   琉球大学医学部附属病院 周産母子センター 講師
 
 AYA世代のがんが注目されています。AYAとはadolescents and young adults(思春期と若年成人)の略で、厳密な区分はありませんが大体15歳から39歳くらいまでを指します。この世代の女性ががんを発症すると、結婚や妊娠など、人生に大きな影響を受けます。「女性の健康週間」を応援する本特集、4回目はAYA世代のがんの問題点について、琉球大学医学部附属病院周産母子センター講師の銘苅桂子先生に伺いました。

がんの進行速く 将来の妊娠や出産に大きな影響

――AYA世代の女性が気をつけるべきがんには、どのようなものがありますか。
 銘苅 AYA世代でも、15~19歳では白血病、脳腫瘍、リンパ腫が上位を占めます。ところが20~39歳では女性特有のがんである乳がん、子宮頸(けい)がんなどが急増します。10代後半~30代は自分ががんにかかるとは考えないし、体に異常があっても学校や仕事を優先してしまいます。若い方のがんの進行が速いという特徴や、病院の受診が遅れることが原因でがんが進行してしまい、乳房や子宮を摘出せざるを得ないことがあります。
――治療で命が助かっても、その後の人生に与える影響が大きいということですね。
 銘苅 今まさに恋愛中の方が乳房を失うということや、結婚予定の方が子宮を失い、子供を授かることができなくなることなどがどんなにつらいか想像に難くありません。抗がん剤により髪の毛が抜けてしまうこともあります。若い女性が子宮頸がんや乳がんになるということは、幸い命は助かっても、それからの女性としての人生に与える影響が大きいのです。

多様な問題に対応 サポート拠点広がる 

――AYA世代のがん患者をサポートするような体制はあるのでしょうか。
 銘苅 AYA世代は、アイデンティティーの確立、進路、恋愛、仕事など、病気にならなくとも多くの葛藤に悩む時期です。その中でがんと告知され、様々な夢や将来のプランを見直さざるを得なくなる患者さんの精神的苦痛は相当なものです。ただ病気を治すというものではなく、精神的サポート、教育・就労支援など、多様な問題に対応する連携が必要となってきます。国のがん診療連携拠点病院にはがん相談支援センターが設置されており、国立がん研究センターの認定を受けた専門相談員が様々な相談に乗ってくれています。また近年はAYA世代のがん患者に特化した病棟を設置した病院もあり、今後広がっていくと思います。

親世代からも受診勧める 婦人科をかかりつけ医に

――AYA世代では、妊娠する能力や乳房は失いたくないと希望する方が、特に多いと思います。
 銘苅 子宮頸がんの場合は、初期なら頸部だけを切除して妊娠の可能性を残すことができます。一方で、抗がん剤や放射線治療によっては、卵巣の機能が失われることがあります。がん治療開始前に卵子や卵巣を凍結し、がんを克服して後に移植する治療が可能となってきており、ぜひ一度担当医と相談してほしいと思います。
 乳がんにおける乳房切除も、今は全摘ではなく部分切除が主流になっていますが、これも早期の場合に限ります。
――やはり早期発見が大切ということですね。
 銘苅 まず、若くてもがんになることがあるという事実を知ることが大切です。そして子宮頸がんはワクチンで予防が可能です。さらに子宮頸がん検診は20歳から始まりますが、理想的には、月経が始まったら親や保護者が婦人科を一緒に受診していただき、若いときから婦人科のかかりつけ医を持ってほしいです。がんに限らず、子宮内膜症や子宮筋腫など不妊につながる病気を早めに見つけて重症化しないような対応ができます。

女性特有のがん
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「女性の健康週間」 3/1〜8

 産婦人科医が女性の健康を生涯にわたり総合的に支援することを目指し、3月3日のひな祭りを中心に3月1日から8日の国際女性の日までの8日間を「女性の健康週間」と定め、日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会の共催で2005年にスタート。08年からは、厚生労働省も主唱する国民運動として様々な活動を展開しており、今回で15回目を迎えます。