NIKKEI Annual Report Awards 2019

企画・制作:日本経済新聞社 イベント・企画ユニット

第22回 日経アニュアルリポートアウォード

審査講評とこれからのARのあり方

2020年2月28日に開催を予定していた第22回 日経アニュアルリポートアウォードの
表彰式とセミナーは、コロナウイルスによる新型肺炎やインフルエンザ等の感染予防のため中止となったが、
2次審査委員4人によるパネルディスカッションは無観客ながら実施された。以下、概略をリポートする。

パネリスト

《司会》青山学院大学名誉教授 首都大学東京特任教授 北川 哲雄(審査委員長)

◇アムンディ・ジャパン 運用本部 ESGリサーチ部長 近江 静子(審査委員)

◇アセットマネジメントOne 責任投資部長 寺沢 徹 (審査委員)

◇日本公認会計士協会 テクニカル・ディレクター/国際統合報告評議会(IIRC)統合報告フレームワーク パネルメンバー 公認会計士 森 洋一(審査委員)

格段に進歩した参加企業の統合報告書

フォト:北川 哲雄氏

北川 哲雄氏

北川今回の審査の講評、特に受賞企業のポイント等を聞きたい。

近江各社とも格段の進歩を遂げているというのが率直な感想だ。昨年は、持続的価値向上に向けた独自のストーリーの説得力が増していることに注目したが、本年は、ビジネスモデルの説明などで企業価値の源泉に関する踏み込んだ分析を開示するなど、細部の工夫で説得力が昨年よりさらに増した。

同時に、サステナビリティー経営が実践段階に入ったという印象も受けた。サステナビリティー経営を前面に出した企業ビジョンを改めて設定し、経営の方向性を明確に伝えようとする企業もあった。また、マテリアリティを重視した独自のKPIが、特に非財務の説明で充実してきた。サステナビリティー経営を進める上では、マテリアリティ分析に基づくポジティブのみならずネガティブインパクトの開示も今後さらに広がることを期待している。

トップのコミットメントはどの報告書でも強く押し出されているが、経営が直面している課題やリスクに関しては、まだ適切なバランスをもって語られているとは言えない。経営の振り返りやモニタリングは企業の信頼性向上に欠かせない情報であり、この点、グランプリを受賞した日立製作所はトップメッセージの直後に社外取締役の対談を配置し、モニタリングの実効性に関して踏み込んだ記載がなされていた。

また、長期ビジョンの踏み込みは全体的に一歩足りないと思っているため、長期的な目線を重視した統合報告書は高く評価した。

寺沢統合報告書はファンドマネジャーやアナリストなど読み手の価値観によって評価が大きく左右されるため、当社における二次審査に当たっては、私だけでなくアナリストにも見てもらい議論して審査を実施した。

全体のレベルが上がっている中で、評価上位企業のリポートには共通したスタイルや示すべき基本的な内容が揃ってきている。特に昨年まで少なかった、長期ビジョンに根差したマテリアリティについては、選定プロセスや考え方も含めて示す企業が増えており歓迎している。標準装備になってきたという点が、一番大きな変化だろう。

また、コンシューマービジネス企業と比較して著しく劣っていたBtoB企業の統合報告書のレベルが特に上がってきた印象がある。さらにコングロマリット企業も幅広い事業の中で、何をどこにどう役立て、それが社会課題の解決にどうつながっているのかといった説明が非常に上手になってきた。評価の高かった日立製作所の統合報告書では、「lumada」というキーワードを使い、価値観を整理しながら全体運営を分かりやすく説明しており芯が通っていた。

上位に入っている統合報告書はいずれもトップメッセージが非常にクリアに示されているが、デジタルトランスフォーメーションへの取り組みに戦略としてどう取り組むかを示している企業と示していない企業がある。トップの先見性を含めた明確なメッセージは、やはり今年も決め手の一つになったと思う。

フォト:森 洋一氏

森 洋一氏

私はIIRC(国際統合報告評議会)において、統合報告の国際フレームワーク開発に関する議論に参画してきた。統合報告についての国際的な議論と日本における実務の発展のギャップがどこにあるか、そのギャップをどう埋めていくかを大きなポイントとして意識した。

日本では特にこの数年、目覚まし進展が起きていると感じている。特に、企業独自の価値創造ストーリーをオリジナリティーある形で伝える実務は、日本の統合報告のストロングポイントとなりつつある。また今回、リスク情報の開示について大きな進展が見られた。従来はリスク情報の開示が無い報告書も多く、開示があっても具体的な記述が欠けていたが、今回、具体的かつ戦略等の他の情報とのつながりも意識した形で説明された報告が増えた。金融庁の記述情報原則や好事例集による影響も大きいのではないか。

課題としては、過去実績の開示が弱い。国際的には、戦略の進捗や経営状況を表すKPIを継続的に開示するとともに、KPIに表される財務・非財務実績の結果について、経営者や取締役の見解を反映する形で分析・レビューを提供する実務が重視されている。この点、日立製作所は過去の戦略に対するネガティブも含めたバランスのよい説明があり、次の戦略にも結び付いている。MS&ADは昨年同様、実績数値を継続開示している。こうした誠実な年次報告実務が広がることを期待したい。

また、取締役会のリーダーシップも弱い印象だ。欧州企業では取締役会が企業報告を統括するのがスタンダードであり、取締役会の見解を反映し、会社の総意としてリポートを出している。日本でも金融庁の記述行動原則で経営者や取締役会の見解を反映することの必要性が示された。一部のリポートには取締役会のリーダーシップが反映されているが、マテリアリティやリスク評価、実績レビューなどに取締役会の見解が示されているリポートは非常に少ない。逆に言えば、そうした開示のあった統合報告書を私は高く評価した。

北川今回準グランプリとなった企業のうちMS&ADインシュアランス グループ ホールディングスと中外製薬は、かつてグランプリを取っている。高いレベルを維持するには大変な努力が必要であり、特に全体のレベルが上がる中でこれだけのハイレベルを維持していることには敬意を表したい。また、日立製作所やソニーのような復活組ともいえる企業の報告書レベルが非常に高かったのも今年の特徴であり、同じく敬意を表したい。

アニュアルリポートに今後何を期待するか

北川寺沢さんは会社のスチュワードシップリポート発行に関わり、近江さんはエンゲージメントリポート発行に、森さんはIIRCの統合報告フレームワークの作成に関わっている。その意味では作り手の苦労も理解していると思うが、ESGをアニュアルリポートの中でどう扱うべきかで悩んでいる企業が多い。現在、スチュワードシップ・コードの改訂が金融庁で検討されており、「ESG 要素等を含むサステナビリティーを巡る課題」も改訂版に盛り込まれる可能性がある。サステナビリティーの課題を含め、今後のアニュアルリポートのあり方について皆さんの意見を聞きたい。

フォト:寺沢 徹氏

寺沢 徹

寺沢統合報告書は幅広い情報がコンパクトにまとまっていることが重要だ。ガバナンスについては、取締役会と経営会議、監督と執行のあり方が少しずつ変わってきている中で、変化のあった会社はその変化や取り組みの工夫をきちんと示してほしい。ガバナンス・コードでは、政策保有株式を持つ際に資本コストに照らした個社別の保有に関する記載を求めているが、キャピタルアロケーションの観点から政策保有全体に対しての方針や考え方を明確に示してもらいたい。

ESG情報の充実については、多岐にわたる項目について統合報告にすべて盛り込むのは土台無理な話だ。「詳細はウェブで」ではないが、統合報告では全体像を示した上で伝えたいことを伝えるというスタンスでよいのではないか。

国際的なスタンダードセッティングの世界では、良し悪しは別として、この半年くらいでKPI基準の体系化を進めていこうという機運が高まっている。1年後には具体的な作業に入っていくシナリオも想定される。そうなった時には、例えば財務やESGはスタンダードなKPIが一定程度共有されるが、戦略の進捗やビジネスモデル評価のKPIは企業固有のものといった二段構えとなることも考えられる。

いずれにせよ日本の場合、統合報告と経営や監督行動をもっと連動させていく必要がある。リポートが外に出て議決権行使や投資家とのエンゲージメントに生かされ、そのフィードバックがまた次の議論、経営統治行動に移り、それがリポーティングに戻ってくるといったサイクルの構築が必要だ。それができている企業と情報をただ集めてきてまとめるだけの企業との差は大きい。報告書作成を通じて、日本企業全体のリポート、そして経営監督行動の底上げを図ることが重要だ。

フォト:近江 静子氏

近江 静子

近江海外の投資家にとっては、企業情報をコンパクトにまとめた統合報告書へのニーズは特に高い。トップメッセージも一丁目一番地だ。メッセージをしっかり伝えるためには一貫性が大事で、取捨選択が欠かせない。ただし、ESGの観点からは具体的な個別情報への要求も強い。寺沢さんが指摘したように、そうした情報に飛ぶ仕組みを入れながら、サステナビリティーデータブックなど別のリポートで開示をする工夫が必要だろう。そうした場合、統合報告書に必ず記載してほしいのは、サステナビリティー経営をどのように実践しているのかという体系の開示であり、PDCAの報告だ。

ESGのパフォーマンス評価は今後私たちにも求められると考えられるため、例えば市場ニーズの高いKPIについては過去からの推移を示すとともに、目線も示してほしい。開示対象範囲(バウンダリー)が広がりますと言うだけではなく、適切な分析や解釈、対応策を記載してほしい。それがないと、数値が企業価値に紐づいていかない。

特にESGの評価を行う上では、ダイバーシティのシェアは何%といった数値だけが一人歩きしてしまう危険がある。一見低い数字でも、説明があればむしろ十分に高いということも理解可能になる。

北川運用会社のスチュワードシップ報告書や責任投資報告書などを見ていると、対話のレベルがかなり上がってきているし、踏み込んできている。ガバナンスの開示では、機関投資家のニーズも意識すべきだろう。サスティナビリティーに関しては、指摘があったように、動画配信やサステナビリティー報告書などとのリンケージが必要だろう。最後に一言ずつお願いしたい。

寺沢統合報告をつくる際には経営層とコーポレート部門、さらには事業現場の双方向コミュニケーションの重要性が今後ますます高まってくる。組織の壁を超えて幅広く話し合わなければ、よい統合報告はできない。よりよい統合報告書をつくることで社内コミュニケーションを密に円滑にしてもらうよい機会として活用してほしい。

近江先ほどポジティブとネガティブの課題の記載バランスが大事という話をしたが、ガバナンスの透明性を高めることの方がむしろ課題かもしれない。役員報酬や取締役会の構成について、もう一歩踏み込んだ記載を期待したい。

監査委員会がしっかり関わっているリポートは質が高いと感じている。監査委員会、監査人、内部監査室、経営戦略、経営企画、IR、そして取締役会の絵姿をどう構築していくか、今後数年はそれがとても大事になってくるのではないか。それがひいてはアニュアルリポートの質の向上にも繋がってくる。

北川ありがとうございました。乗り越えるべき課題はまだまだあるものの、本アウォードが全体の底上げを含め、課題克服に向けた企業の努力を今後も応援する一助になればと願っている。

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