NIKKEI Annual Report Awards 2019

企画・制作:日本経済新聞社 イベント・企画ユニット

統合報告書の現状と課題

改めてアニュアルリポート作成の意義を考える

年次(財務)報告に経営戦略や社会貢献などの非財務情報などを統合した「統合報告」が、今や年次会計報告書(アニュアルリポート)の主流となった。海外投資家を含め、環境・社会・統治(ESG)への取り組みを評価するESG投資家の広がりを受け、各社とも非財務情報の積極開示化に動いている。 今回で22回目を迎える「日経アニュアルリポートアウォード2019」には、133社がエントリー(18年度は112社)。本特集では同アウォードの参加企業のうち30社のリポートを紹介する(参加企業全社は11月24日付日経ヴェリタス別刷にて掲載)。審査結果は20年2月に発表予定。

併せて、同アウォードで審査委員長を務める北川哲雄・青山学院大学名誉教授からの寄稿文と、本アゥオードを後援する日本公認会計士協会の手塚正彦会長へのインタビュー、およびKPMGジャパン 統合報告CoE パートナーの芝坂佳子氏からの寄稿を掲載する。

青山学院大学名誉教授 首都大学東京特任教授 北川 哲雄氏 日本公認会計士協会  会長 手塚 正彦氏 KPMGジャパン 統合報告CoE パートナー 芝坂 佳子氏
フォト:北川 哲雄氏

今日におけるアニュアルリポート作成の意義

青山学院大学名誉教授 首都大学東京特任教授
北川 哲雄氏

我が国における上場企業のアニュアルリポート(以下「リポート」と略称)の深化・進化はここ数年で著しい。年間少なくとも100社程度のリポートを読む機会があり定点観測を行っているが、ここ数年特に内容が充実してきたことを感じる。装丁も豪華本と思われるカラフルな写真が添えられたものも多くなった。

これに対して読み手の広がり・評価の方はどうであろうか。そもそも読者の層は広がっているのであろうか。あらゆる情報は対象の読者に届き、厳しいフィードバックを受けて好循環が生まれることになる。当たり前のことであるが、情報は受け手に対して効果的に発信されていなければならない。企業におけるリポート作成費用は膨大なものになるのではないか。そもそも現在リポートを作成することにどのような意味があるのか。このあたりのところを改めて掘り下げて考えてみたい。

投資家の多様性をいかに考えるか~3つのタイプの投資家

アクティブ長期投資家(かつては当該投資家こそがリポートの潜在読者とされた)の場合、3~5年の中長期の経営計画の妥当性、財務政策について関心が依然高いであろう。ESG投資家の場合はもっと時間軸は長いであろう。この場合、ESGアクティブ投資家とESGパッシブ投資家の場合関心領域が異なることが予想される。文字通り環境・社会・ガバナンスに関し広範囲に情報開示を求める傾向が強まっている。当該企業にとって重要なマテリアリティの特定、主要業績評価指数(KPI)の設定なども厳しく吟味されることになる。またESGアクティブ投資家の場合はESG活動の企業価値への寄与度にも関心を抱くことになる。

範囲を株式から債券まで広げてみると昨今企業自身が発行しているグリーンボンドあるいはソーシャルボンドに対する情報なども今日ESG投資家にとって大変重要となろう。

それではヘッジファンドアクティビストはどうかと言えば、実はアクティブ長期投資家と関心事項は重なる。企業が中期経営計画を発表した時には必ず精査することになる。そしてそこで彼らから見て市場予想の認識に甘さがある、あるいは課題を放置している(非採算部門の改善が十分に目論まれていない等)場合は関心対象となろう。

アクティブ長期投資家も当然その類の問題は対話の対象となるが、見込みがなければEXITするという手段がある。これに対してヘッジファンドアクティビストはむしろ保有株式を積み増し「今やりましょう」と改革を迫る場合もある。

私見によればいま日本の最高経営責任者(CEO)は上述の3つのタイプの投資家に逃げることなく立ち向かうべきであろう。だとすればリポートはこれら投資家との対話を促進しうる過不足ない記述が求められる。

情報ツールの多様性と適時性の問題

リポート作成にあたりもう一つ考えなければならないのは情報ツールの多様性と適時性という問題である。

リポートが米国において機関投資家向けに1950~60年代に盛んに発行された時、多くの投資家にとって企業から発信される情報は米国の証券取引委員会(SEC)向けに登録されるものを除き限られたものであった。

しかし今日ではどうであろうか。企業のホームページに入りワンクリックで「株主・投資家のみなさまへ」というサイトに入る。ここでリポートは数ある情報源の一つに過ぎないことが分かる。

四半期ごとの決算説明会、ESG説明会、中期経営計画進捗状況説明会、株主総会などについての細かい資料開示、動画配信もある。こういった中で年1度発行されるリポートはいかなる意味を持つのであろうか。少なくとも適時性には優れない。

改めて作成の意義は何か

投資家の情報ニーズが多様化し、しかも適時性に優れないということになるとリポート作成の意義をどこに見出すべきであろうか。

2つある。第一の意義は時間軸として長期であるべきことはこれまでの論者の言うとおりであるが、①3~5年および②10~15年までという2段構えの「長期展望」を記述することに意義がある。今来期の問題は他の情報ツールに任せればよい。

アクティブ長期投資家とヘッジファンドアクティビストにとっては①が主の関心時となろう。ESG投資家には②ということになるが、企業にとってのサステナビリティの情報に重きを置く記述のアプローチと、社会のサステナビリティとの関連性の情報に重きを置くアプローチの両面を考慮する必要があろう。そういった意味で米国の持続可能性会計基準機構(SASB)が作成した産業別基準は両アプローチの目的に叶ったものとして評価できる。もちろん個別企業の状況により独自に知力をふり絞って考える必要はあろうが。

さらに②は、企業のサステナビリティに関わるものであり、企業自身が生み出すイノベーションについての考察を行う材料を投資家に与えるものでなければならない。それがあればアクティブ長期投資家にとっても必要な情報となる。

第二の作成の意義は「定点観測」としての意義である。毎年発行されるリポートを定点観測することによって企業の変容(良い意味でも悪い意味でも)を探れる。ハッとすることも多い。私自身関心対象である内外の医薬品企業について15年間分のリポートを整理しUSBメモリーに入れているが毎年新たな発見がある。

このように、適時性には問題があったとしてもリポートの意義は廃れない。海外のリポートの中には「分かる人には分かるさ」といったスタンスで投資家をエンゲージしようとする挑戦的でスーパー・ハイブロウなものが出現している。そろそろ日本企業でも出してほしい。

フォト:北手塚 正彦氏

開示を通して資本市場に貢献する

日本公認会計士協会 会長
北手塚 正彦氏

統合報告書の内容が充実、制度開示への取り込みも

―統合報告書の現況をどう捉えているか。

手塚近年、ESGなどに関する非財務情報が、企業の持続的な価値創造能力を判断するうえで重要であるという認識は、投資家だけではなく投資を受ける企業においても共有されている。国連の持続可能な開発目標(SDGs)の達成は、日本でも国策として取り組まれており、たとえば、経団連ではソサエティー5・0とSDGsを結びつけて積極的な取り組みを加盟企業に呼びかけている。

スチュワードシップ・コードについても、機関投資家は運用機関に対してコードの実践を要望し、運用機関は、企業とどのような対話をしているのかも含めてコードの実践の状況について機関投資家に報告をしている。この両者の対話が充実し、さらには機関投資家と最終受益者である国民等との間の対話がさらに充実すれば、公正で活発なインベストメント・チェーンの構築に寄与するだろう。

情報開示を促し、その信頼性を確保する措置を講じることが企業行動を変えるために極めて有効な方法だということは世界的に認知されており、日本でも政府や官庁はそうした認識に立って政策を立案し実行しているように思う。統合報告書を自主的に開示する企業は近年更に増えてきており、情報の量及び質ともに向上していると感じる。また、最近では、金融庁の企業内容等の開示に関する内閣府令(開示府令)が改正され、有価証券報告書における「記述情報の開示に関する原則」及び「記述情報の開示の好事例集」が公表されたこと受け、統合報告書のコンセプトが有価証券報告書の中にも取り入れられつつあると感じている。事実、有価証券報告書の経理の状況(財務諸表の記載部分)以外の部分における、コーポレートガバナンスに係る開示の充実は顕著であり、加えて、このたびの「記述情報の開示に関する原則」は、経営者の考えが投資家にも伝わるよう、取締役会や経営会議の議論の状況を反映すること、経営戦略と記述の関連性をわかりやすく記載すること等を求めている。今後は、企業の持続的な価値創造能力を判断するために有効と認められれば、環境への取り組みや、社会との関係性についての取り組みに係る情報開示も充実するかもしれない。

課題としては、統合報告書を作成はしたが、企業の経営理念、戦略、経営計画とそれらを実現するための企業組織設計、経営資源配分、実際の活動の関係を分かりやすく十分に表現できていない企業が見受けられることだろう。国際統合報告評議会(IIRC)は、企業が統合思考に基づいて、持続的な価値創造のために有効な経営理念、戦略、経営計画を打ち立て、それを実現するビジネスモデルや組織を構築し、適切に経営資源配分を行うことを統合報告の前提としている。

―統合報告書等の企業情報開示に対する企業経営者の認識についてはどうか。

手塚多くの経営者は真剣に考え、取り組み始めていると思う。特に、先にも述べた有価証券報告書の開示に係る金融庁の開示府令の改正並びに「記述情報の開示に関する原則」の公表は、経営者の真剣な取り組みを促すきっかけになっている。

記述情報について経営方針や取締役会・経営会議の内容を反映することを要求され、例えば、事業等のリスク関する情報についても、単なるリスクの羅列ではなく、リスクが企業財務に与える影響や、リスクへの対処方法まで書くように求められたことによって、有価証券報告書の開示が経営マターであるという意識が強くなっているのではないか。

現代企業の価値評価にあたり、伝統的な財務情報だけでは不十分で、企業のビジネスモデルやESG情報に代表される非財務情報が重要であるという認識が投資家の常識となっていることを踏まえると、統合報告と同様のアプローチで有価証券報告書の開示の充実が進められていくだろう。そして、それは企業にとっても経営そのものを改革し、質を高めるために望ましいことだと考える。開示が進めば、投資家の企業理解も進み、企業経営者や社外取締役との対話も目的が明確になり、より具体的かつ建設的なものとなるだろう。

―統合報告書のどこに注目しているか。

手塚企業理念とビジネスモデルには特に注目している。優れた戦略、計画も、その実行のために人が動かなければ絵にかいた餅になりかねない。多くの役員・従業員が共感できる企業理念を持つことが企業経営にとって決定的に重要であると痛感している。そのような企業理念に基づいて、いかに社会価値を毀損せずに、逆に事業を通じて社会課題を解決し、企業価値とともに社会の価値を上げていくか。これがビジネスモデルの領域だ。経営者が企業の理念とビジネスモデルを明確に示すことによって、企業活動全体を俯瞰した視点を提供することができる。

ガバナンスに関する開示も重要である。適切なリスクテイクを促すといった攻めのガバナンスと、不祥事の予防と不祥事が起こった場合の適切な対処といった守りのガバナンスの双方が機能してるかどうか判断できる開示が望ましい。ガバナンスの体制やプロセスだけでなく、社外役員の経歴や選出理由、取締役会等における議論の状況、社外役員の見解の説明、取締役会の有効性評価等、ガバナンスの運用状況について報告することが重要になってきている。

―IIRCなどの国際的な議論はどのような状況か。

手塚非財務情報に関して、具体的に何をどう報告するかについては様々な基準が策定されており、多くの基準やガイドライン間の整合性や複雑性が課題として指摘されている。このような状況に対処すべく、IIRCは、主要な企業報告の基準設定主体が参画するコーポレート・レポーティング・ダイアローグ(CRD)というイニシアティブを設置し、「連携推進プロジェクト(Better Allignment Project)」という各基準間の整合性を確認し、連携を強めることを目的としたプロジェクトに取り組んでいる。

資本市場、そして富の形成に貢献する企業情報開示

日本公認会計士協会としては、IIRCに参加する立場から、国内における進捗と国際的な議論との橋渡しをしていく役割を認識している。また、あわせて、近年の企業情報開示やコーポレートガバナンスに関する進展をふまえつつ、企業情報開示のあり方について議論を深めていきたいと考えており、そのために様々なステークホルダーの方々と意見交換を進めている。

―日本企業には何を期待しているか。

手塚資本市場の基本的な役割は、富の形成に向けた資源配分にある。企業は、国民の富を形成するメインプレイヤーであり、企業の創造する価値とその質によって国民生活の豊かさも左右される。上場企業には、資本市場を通じて国民の富の形成に責任を負っているという意識を持って、どのように価値を生み出していくかについて市場関係者に示していくことが求められる。企業には、こうした視点を持って情報開示に積極的に取り組むこと、そうした情報開示のプロセスと対話を通じて、企業経営の質が高まっていくことを期待している。また、我々公認会計士は、資本市場における情報の質を担保するゲートキーパーとしての責任がある。情報開示やガバナンスに関する環境変化が生じつつある現状をふまえ、企業や投資家との対話を深め、資本市場の価値形成に貢献する質の高い情報開示を支えるための取り組みを進めていく。

フォト:芝坂 佳子氏

パラダイムシフトと統合報告書への取り組み

PMGジャパン 統合報告CoE パートナー
芝坂 佳子氏

日本における統合報告書等の発行は、企業価値レポーティング・ラボの調べによると、コーポレートガバナンス・コードの適用が開始された2015年ごろから急増している。18年には411社が、そして、19年には500を超える企業が、「統合報告書」を上梓する予定となっている。

実は、「統合報告書」という言葉に対する合意された定義は存在しない。社会の大変革の中で、意思決定に有用な報告の在り方が再検討される中、一定のコンセンサスに至った活動の一つであり、国際統合報告評議会による「国際統合報告フレームワーク(IIRCフレームワーク)」等の提言が、この動きを加速した。これらは「結果の報告」を中心とする従来型の企業コミュニケーションからのパラダイムシフトの必要性を表すものだ。
(下図参照)

一方で、目的に適合した報告とするためには、まだまだ多くの課題もある。そこで、本稿では、19年にKPMGジャパンが発行した「日本企業の統合報告書に関する調査」の結果から、統合報告書を有意な媒体とするために考慮点を紹介していく。

意思決定のベースとなる「パーパス」

統合報告書に不可欠となる部門横断の取り組みのためには、「パーパス」の共有が不可欠だ。「パーパス」は存在意義と表現されることも多いが、日本企業が長年掲げてきた自社の価値観を表す「社是」や「社訓」とは少し異なり、社会へのインパクトと創出する価値との関連で表現するものとされる。さらに、パーパスに対するトップマネジメントの明確なコミットメントが顕著な報告書であれば、その内容の信頼性向上にもつながっていく。

作成するだけでは、差別化にならない

かつては「統合報告書の作成」行為そのものが、コミュニケーションへの誠実な姿勢の表れであったのかもしれない。しかし、企業の深い理解と的確な評価を目指す投資家が、価値向上にむけた経営者の決意や取締役会のコミットメントが十分でない報告書に利用価値を見出すことは難しい。

経営者メッセージの実際を、マテリアリティ分析のプロセスや視点、リスクや機会の表現、コーポレートガバナンスの記載等の中で、一連のストーリーとして説明する等などが求められる。

「流行り」ことばに注意

ESG、SDGsやTCFD等を取り上げることは、企業の社会的な課題への対処等への理解につながるともいえるが、現状では単なる羅列に留まっているケースも多い。

マテリアリティ評価とSDGsを結び付け、結果としての社会的インパクトにまで言及している報告書は4分の1程度、さらに、目標や達成度まで含む事例はごくわずかとなっている。キーワードやアイコンの表記だけでなく、価値創造ストーリーとの関連性など地に足のついた説明から説得力がうまれてくる。

裏付けとなる情報の提供を

ひな型的記載からの脱却には、具体的な裏付となる情報の提供が有用となる。来年3月末の有価証券報告書から適用が開始される「記述情報の開示に関する原則」でも、情報利用者の状況判断のために客観的な指標を用いることが提唱されている。また、SASB(サステナビリティ会計基準審議会)の調査でも、適切な指標の導入がひな型的開示からの脱却に資するとの示唆がある。

法的要請の有無にかかわらず、企業活動とその成果に影響のある要素の実態(例えば、人的資本や技術などリソースに関わる状況)や、社会に提供する価値の性質等を(代理的にでも)表現する指標が求められている。「数値そのもの」の良し悪しではなく、背後の活動と関連づけた説明こそが読み手に訴求するのである。こう考えると、「今年は数字が悪いので、公表見合わせます」といった判断は適切とはいえず、むしろ誠実な説明を尽くせば、一層の信頼獲得へとつながっていくことになる。

長期的視点とバックキャステイングのススメ

「長期」とは、「企業ごとに違う」ものだ。昨今の複雑、かつ不連続な課題の検討には、時間軸とその範囲(バウンダリー)をどう考えるかが、議論の糸口になる。

様々な経営資源には固有の「エコシステム」が存在している。それを踏まえた上で、自社のビジネスサイクルに適合した「長期」視点の施策立案にあたっては、まず、「わが社はどうありたいのか」の深い議論が不可欠だ。その上で、バックキャステイングな視点から「いまなすべきこと」が説明されるならば、投資家や関係者との高質な対話により資す報告書へと、進化していくことだろう。

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