NIKKEI Integrated Report Award 日経統合報告書アワード

企画・制作:日本経済新聞社 イベント・企画ユニット

第23回 日経アニュアルリポートアウォード審査会座談会

主流となった統合報告書
読み手に響く「ストーリー」を

アニュアルリポート(年次報告書)のさらなる充実と普及を目的に、日本経済新聞社が1998年から毎年開催している「日経アニュアルリポートアウォード」。2月に受賞企業を決定した審査委員会を振り返り、同賞審査委員長と審査委員2人が、アニュアルリポートの現状とあるべき姿についてリモートで語り合った。ストーリー性のある長期成長を示し、読み手の心に響くリポートで、企業価値の向上を目指したい。

審査委員

◇青山学院大学名誉教授・東京都立大学特任教授 日経アニュアルリポートアウォード審査委員長 北川 哲雄

◇三菱UFJ信託銀行 アセットマネジメント事業部 責任投資ヘッド 加藤 正裕

◇ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント スチュワードシップ責任推進部長クリス・ビルバーン

ESG目標設定、改善余地あり

フォト:北川 哲雄氏

北川 哲雄氏

1981年~2005年アナリスト(セル・バイ両サイド)、運用機関調査部長・マネジメントを経験の後05年青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授。19年より現職。14年(第17回)から本賞審査委員長、20年より環境省「ESGファイナンス・アワード・ジャパン」審査委員長を務める。

北川お二人は今回初めて審査委員を務められました。20社以上のリポートをお読みいただきましたが、審査に臨み、加藤さんは特に重視した基準はありましたか。

加藤私が特に重視したのは3点です。一つ目は、企業のありたい姿に向けたフレームワーク、具体的には、ありたい姿からバックキャストして課題認識なども記載され、どのようにありたい姿を実現するのか、長期成長ストーリーが描かれているのかという視点です。二つ目は、企業理念の浸透度。不確実性の高まる社会の変化に対し、社員が経営と同じ方向を向いて臨機応変に対応していくために、経営サイドと現場サイドが企業理念を共有し、その理念を実践する基盤の強化が進んでいること。いわば自分事として全社一丸となって取り組んでいるのかという点です。そして三つ目は、ありたい姿から現状に至るつながり。中期経営計画の期間を超えて、ありたい姿をどのように実現していくのか、そのための考えや施策、背景といったものを含めたストーリーが「手触り感」を持って描かれているか。情報開示は外部のステークホルダーのためだけではなく、企業内の議論を促進するためにも重要であり、ストーリーに手触り感がある開示は読み手の確信度も高める効果があるからです。

北川クリスさんには、全体の感想をお願いします。

ビルバーン非財務情報も含めた統合報告書が大勢を占めるようになった日本企業のアニュアルリポートでは、数年前まではガバナンスの開示が課題でしたが、現在はESG(環境・社会・企業統治)のEとSも改善が進んできた印象があります。新型コロナウイルス感染拡大という激しい環境変化にもかかわらず、企業価値向上に対するESGの統合開示が改善したと思います。特にTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)報告内容など、環境関連の開示が進展したようにみられます。ただ一方で、ESG課題に関する具体的なKPI(重要業績評価指標)と目標設定に関する記述には、まだ改善の余地があります。特にジェンダーダイバーシティについては、日本企業の大きな課題でもあり、事業戦略の中にどのように組み込むか、どのようにKPIを開示するか、今後の動きに注目したいと思っています。

企業価値向上が共通のゴール

フォト:加藤 正裕氏

加藤 正裕

日本株・米国株のアナリストを経て、2005年から責任投資に従事。個人向け・年金基金向け商品開発、国内外の議決権行使、エンゲージメント実務、責任投資全般の企画・推進などに携わってきた中、英国ロンドン勤務時にはグローバルなESG、機関投資家動向の調査なども担当。19年から現職。同社の受託運用資産全てにおける責任投資の取り組みの深化を進めている。

北川今回の審査を踏まえ、統合報告書をさらに発展させるために何を期待していますか。

加藤持続可能な成長を目指す企業とリターンの拡大を目指す投資家で共通しているのは、企業価値の向上というゴールです。企業のありたい姿を示していただき、その姿に向けて、今から何をすべきか、という考え方の社内への浸透を期待しています。中期経営計画が長期ビジョンの中でどのように位置付けられているかも重要です。足元からの積み上げでは長期的なサステナビリティーの議論は難しいと考えています。トップや社員のメッセージでは、特に自らの言葉で語っていただきたい。その熱量が伝わるリポートを読みたい。投資家はその会社の企業文化も知りたいわけです。自らの言葉で語ることによって、読み取るのが難しい企業文化を読み取れる可能性は高まると思います。さらに、社内でどのような議論や苦労があったかということも開示していただくと、手触り感も高まり、読んでいて説得力がある。また、責任ある投資家の一員である当社としては、ESG情報をどのように活用しているか、企業価値の評価の仕方などを開示することで、企業と投資家の双方の意見をすり合わせ、情報を共有していきたい。対話によってウィンウィンの関係を築いていきたいと考えています。

北川過去のグランプリ受賞企業の中には、アニュアルリポートを使った従業員説明会を開催して質疑を行い、従業員にも内容をきちんと理解してもらうという会社があり、感心したことがありました。いまの話も、読み手のことをどう考えているかという点で、私も同感です。クリスさんはいかがでしょうか。

ビルバーン開示の土台は、加藤さんがおっしゃったように長期ビジョンだと私も思います。特にCEO(最高経営責任者)からの長期ビジョンが重要です。長期ビジョンが語られなければ、どのようなESG課題が重要であるかも分かりません。リスクであれ機会であれ、企業の業績と将来のビジョンにとって何が重要なのかを語ることが、ファーストステップです。目標設定は、長期ビジョンがあっての次のステップです。開示全体をピラミッド型で考えると、長期ビジョンが土台にあり、次に取り組むべき課題がトラッキング可能な具体的KPIによって中期・短期の時間軸で示され、最後に毎年の進捗として短期的な達成率を示すという図式です。長期的なビジョンの開示から始めれば、ESG課題も自然に統合されると思います。先ほども触れたように、このピラミッドの中で具体的な目標とKPI設定に、まだまだ改善余地があると思っています。

「リスクと機会」機関投資家も評価

フォト:クリス・ビルバーン氏

クリス・ビルバーン

ゴールドマン・サックス・グループの投資調査部において、企業財務の健全性、戦略的なポジショニング、各種ESG指標における評価を総合的に分析する「GSサステイン」チームを担当。長期的視点で各社のESG課題におけるリスクと成長機会を分析。2020年からマネージング・ディレクターとして、スチュワードシップ責任推進に尽力している。

北川機関投資家は各社様々な投資評価手法を採用しています。企業サイドからもよく聞かれるのですが、長期の機関投資家はアニュアルリポートをどのように利用しているのでしょうか。

加藤当社の場合、2つのステップがあります。一つは、当社のアナリストやファンドマネジャーの読み方です。持続的な企業価値向上に向けた取り組みを評価する際には、4つのポイントを重視しています。①ESGに関連するリスクと機会②中期的な事業戦略と長期的なESG戦略の関係性(財務目標と非財務目標のバランス)③マテリアリティ(重要課題への経営資源の配分)④SDGs(持続可能な開発目標)を達成するためのビジネスモデルとその優位性。この4点を中心にアニュアルリポートを読み、疑問点がある場合には次のステップとして、実際のエンゲージメントなどで当社の評価基準なども紹介しながら企業と意見交換をさせていただいています。企業価値の評価において、アナリストは3期先まで業績予想をしており、ESGへの取り組みを業績予想に織り込めると判断した場合には、当社独自のESG評価を織り込んで業績予想を算出します。外部環境の変化などで業績予想が困難な場合も多々あり、その場合は3年よりも先のESGの影響、具体的にはESGによるビジネスモデルへのインパクトなどを理論株価を算出する際の資本コストに織り込んでいます。財務情報だけよりも、ESGという幅広い情報を考慮することで、リスクと機会の両面を把握する機会は高まります。中長期的な判断材料として、ESG情報はもはや特別なものではないと考えています。

ビルバーン長期的な企業価値は、資本コストよりも高い財務リターンを長期的に創出することにより向上します。このため、企業にとって重要度の高いESG項目を把握することが大事であり、企業は将来的なリスクや機会を正しく認識して対策を早めに取るべきだと考えられます。投資家は、長期ビジョンをもとに将来の潜在的なESGリスクに早期に手を打ち、また、成長機会に投資する企業を選好するでしょう。こうした観点から、統合報告書に記載されるマテリアルなESG情報は、長期的な企業の動向を重要と考える我々にとって非常に重要な情報となりえます。だからこそ、アニュアルリポートでは長期的な企業価値向上のストーリーを伝えるべきだと考えています。これこそが私たち投資家が、企業がどのように長期的なESG課題を認識しているか、どの課題を重視しているか、またそれらにどのように対応するかを見る理由です。私たちが重要と考えているESG課題が統合報告書に記載されていない場合は、エンゲージメントで確認しています。会社によっては開示はしていないが実際の取り組みは積極的に実施しているというケースもあります。その場合は、報告書に対するフィードバックも含め、対話において開示を促しています。私たちがエンゲージメントを重視しているのは、企業とのパートナーシップの強化はもちろん、ESG課題の改善を推進することが私たち投資家の責任だと考えているからです。この数年で特に感じるのは、私たちがアプローチするだけではなく、企業サイドからの対話のリクエストが増えてきている点です。ESG課題に対する企業サイドの認識は、確実に高まってきていると実感しています。

北川確かに、ESG説明会を実施する会社がこの数年で増加していますね。

加藤以前は議決権行使だけの対話ということもありましたが、そうしたケースは本当に少なくなってきました。まさに長期ビジョンを設定する企業が増加しており、問題意識やテーマは企業ごとに異なるものの、ESG関連の対話の件数は確実に伸びています。

北川最後に、海外の企業のアニュアルリポートと比較して、日本企業のリポートの評価はどうでしょうか。

加藤全体的には、日本企業よりも海外企業の方がトップメッセージが形式的でなく、充実している印象が強いですね。とはいえ、日本企業の中にも優れたCEOメッセージを開示している企業は多数あり、日本企業のリポートの質は確実に向上していると思います。

ビルバーン日本企業は、統合報告書として開示している企業が、この数年で非常に増えてきました。これはグローバルに見ても高く評価すべきことだと思います。環境に対する開示では日の浅い日本企業とはいえ、TCFD報告も含め、環境に対する開示が今後も充実することを期待しています。

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